第5章 転換期
第7話 他己紹介
「大変じゃぁ。。。」
桜の花びらが舞う2006年 春
引っ越しシーズンを終えたのもつかの間、松田は研修の準備をしていた。
採用した新入社員は8人だった。
入社後、全社員の1/3が新入社員となる。
しっかりと社会人の基盤を身に着けてもらいたいという松田の強い思いから、
数十社の会社が集まり100人規模で行われる新入社員研修に8人を送り込むこととした。
と、同時に。
松田と元田も自ら研修参加を決めていた。
この日の松田は朝4時半には新聞を読んでいた。
小さい頃からイベントがある日はわくわくし、パチッと早朝には目が覚める。
いつもと変わらない朝だが、今日は細身の白いネクタイに手が伸びた。
今日は新入社員研修初日だ。
会場に向かう車の中で、松田は白いネクタイを何度も巻き直していた。
「大丈夫かな。元田君。」
ネクタイが決まらないのか、研修が不安なのか心配そうな表情が声からも伝わった。
心配をよそに、いつもの細身のスーツを着込み、ルームミラーに目をやる元田は
「大丈夫ですよ、社長。」
ニヤリと笑い、答えた。
今日の元田は紺のストライプスーツに赤いネクタイ。
彼の勝負服だ。
すらっとした長身にぴったりと合ったスーツを着込み、ネクタイもきっちり決めている。
いつも以上に隙のない彼を見て、新入社員研修にかける思いを感じとった。
松田と元田は新入社員研修参加といっても、新入社員と一緒に講義に参加するのではない。
新入社員を送り出した会社の経営者がこの研修を創るのだ。
松田もカリキュラムを担当する。
それは新入社員研修の初日に行われる、オリエンテーションのようなものだった。
隣に座ったチームメイトをグループメンバーに紹介するといった
「自己紹介」ならぬ、「他己紹介」というものだった。
「さぁ、始めようか。元田君。」
松田と元田は壇上へ上がった。
その数分後、静かに時が止まる。
静かな会場がさらにピンとはりつめた。
2014/08/23 19:15